概要
「レイモンド・チャンドラーの最初で最良のシナリオ」といわれるのが本書である。1944年には映画化され、その年のアカデミー賞にもノミネートされている。とはいっても、チャンドラーが1人で書き上げたわけではない。共同執筆者として監督のビリー・ワイルダーが名を連ねており、原作もあった。『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で知られるジェイムズ・M・ケインの『殺人保険』がそれである。要するに、新人脚本家チャンドラーの、ハリウッドにおける初仕事とは「共同脚色」だったのだ。だが、だからといって本書が読むに値しない作品だと言っているわけでは、もちろんない。 「チャンドラーにシナリオの書き方を教えた」ワイルダーとの間にかなり深刻な確執があり、「基本的な語りやテーマはすべて原作に従った」(ワイルダー)にもかかわらず、この保険金と美しい人妻をめぐる犯罪ドラマには、「タフでクールでセンチメンタル」なチャンドラーテイストが濃厚に香り立っている。「男の気をそそる体に大きなバスタオルを巻き、脚は膝上5センチからむきだし…」と人妻を追う目線も「裏チャンドラー風」で、ケインお得意の「ピカレスク不倫小説」に見事にマッチ。妖艶なる美女の甘い罠に、加速度的に絡め取られていく男の姿をスリリングに描きだしている(中山来太郎)
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