「時代小説」という意味では、卓越した著作です。もちろん、ヨーロッパ中世がそのままここに描かれたような姿をしていかどうかは確証できません。けれども、ヨーロッパの知の歴史が、きわめて政治的で生々しい時代の光景のなかにあったのだ、ということを直感的にわからせてくれる効果は、たしかに、この本の中にあるでしょう。これもまた、ひとつの分水嶺を描いた物語なのです。いま、私たちが生きているような、あるいはそれとは異なった。
読書の醍醐味を満喫させる本おすすめ度
★★★★★
「週刊文春」20世紀傑作ミステリーベストテンで堂々の第2位。しかし本書を純粋なミステリーや推理小説だと期待して読むと、いい意味で裏切られます。
確かに筋立ては中世の僧院を舞台にした連続殺人事件を中心に展開しますが、本書の主題は謎解きの面白さというよりも(純粋に謎解きという面からみた場合、トリックの奇想天外さや手がかりの配置の巧みさ、という点ではむしろ不十分かも知れません。)、古典文学や神学の知識を縦横無尽、幾重にも織り込んだ舞台設定を堪能させながら、殺人事件の解明というストーリーを通じて、「真理(真相)を絶対視することの危険性」を読者に問いかける点にあります。
本書は一読しただけでは味わいきれない、いや、おそらくほとんどの読者にとって、本書を味わい尽くすことは不可能でしょう。しかし、中世北イタリアの僧院というエキゾチシズムあふれる舞台設定と、「真理とは」という壮大な主題にむけて収斂、昇華していくストーリーを追いかけるだけで、十分に「読書の醍醐味」を満喫することができます。「20世紀中第2位」というのは少し大げさかも知れませんが、世評に恥じない大著だと思います。